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本稿は、米国での訴訟の対象となり得る法人のお客様のために責務を担い、また、関心を寄せる弁護士/社内法務部の方々を対象としています。

 

 日本企業にとって最適な比例原則の適用 –米国訴訟に対応–

  米国訴訟においては、トライアル(事実審理)の前に、訴訟当事者双方は保有する事案関連情報を相手方に提出しなければならない。30年前までは大抵は紙媒体の交換であったが、デジタル情報の時代になり、この手続きは「Eディスカバリー」(電子情報開示)と呼ばれるようになった。

 技術発展に歩調を合わせた変更が米国法体系にもたらされ、Eメールや他の電子化された情報がディスカバリー手続きに加わり、米国訴訟費用は急激に増加している。日本企業は、Eディスカバリーの要求に伴う費用増加から多大な影響を被っており、これらの費用を適切に管理するにはEディスカバリー関連法令の変更を把握し、変更に対応した専門家の見解を熟知することが求められる。

  電子化情報の量が拡大する中、セドナ・カンファレンス(Eディスカバリの専門家、裁判官、学者で構成されるグループ)は、1997年から毎年Eディスカバリー分野における議論を重ね、この分野をリードしている。連邦民事訴訟規則に提言するとともに、実務への適用を裁判官と訴訟当事者双方に提案するという極めて重要な役割を担っている。

 

 Eディスカバリー関連において近年で最も重要な規則変更の1つに、2015年の連邦民事訴訟規則26条(b)(1)項改正で比例原則と訴訟当事者間の協調を求めることである。
この規則改正は、採用可能な証拠に至る合理的に推定される手段を要求していたにすぎない以前の文言に比べ、実務に対しより重要な影響を与えるものであった。新基準は、事案における必要性、争点の重要性、請求金額、関連情報へのアクセスし易さ、当事者のリソース、争点解決におけるディスカバリーの重要性、費用負担が潜在的利益を上回る価値があるか、などの考慮を求めている。この新たな文言は、Eディスカバリー費用において増加している当事者の負担額是正と、紛争結果を恣意的に操作することを抑制するために目指したものである。この改正は大きな変化を示唆するものであったが、Eディスカバリー対象範囲に関して、どの程度の実務的な影響を及ぼすかは依然として非常に不透明なままであった。セドナ・カンファレンスが発表した詳細なガイドラインは、訴訟当事者における新しい基準への適用を明確化するものであり、米国訴訟に巻き込まれた日本企業が、潜在的な利益を享受するために注意を払うべきものである。

  セドナ・カンファレンスは2010年以来、Eディスカバリーにおける比例原則基準の適用を提唱し、多くの裁判所はその提案を適用していた。同原則が2015年連邦民事訴訟規則で採用されて以来、セドナ・カンファレンスは比例原則を明確化したEディスカバリー実務6原則を提示してきている。

  第1原則『資料の保存範囲を決定する際、関連情報を保存するための負担と費用を、その情報の潜在的価値と独自性を対立的に考慮すべきである』連邦民事訴訟規則は訴訟開始までは適用されないものの、潜在的な訴訟に関連しうる情報の保管を要求し、当該情報保管を怠った訴訟当事者に対する罰則を規定している。情報保管において比例原則を適用する際には、見込み違いによって関連する情報を永久に削除してしまう危険性があることを忘れてはいならない。保管範囲が広くなることは、保管範囲が狭くなることよりも優れており、セドナ・カンファレンスは関連ESI(Electronically Stored Information:電子的な手段で保管された情報)の範囲を狭く定義しすぎるべきではないとしている。加えて、保管義務がいつ生じたか、当事者が情報をその時点で利用可能であったか、そして当事者の保管費用についても、裁判所が考慮することを推奨している。

  セドナ・カンファレンスは、訴訟当事者は自身が行った保管活動を裁判所に対しはっきりと示すべきであるとしている。具体的には、⑴保管指針の整備、⑵紛争事項に関する知見を有するカストディアン(情報管理者)の特定、⑶関連ESIの情報源特定のために実施する当該カストディアンとの協議、⑷当該ESIの保管、⑸当該情報破棄を防止するための、削除指針の運用一時停止、⑹アクセス可能な形式での関連ESIの保守管理、⑺保管活動実施に関する書類作成、といった活動である。

 特に、米国での訴訟に大きなリスクを持つ日本企業では、リスクを最小限に抑えるための文書管理システムを導入していない可能性があるため、これらの措置は極めて重要である。システムやポリシーを整備することは、ポリシーを遵守することと同じくらい重要である。

 

 第2原則『ディスカバリーは事案における必要性の観点から、最も利便性が高く最小限の負担と費用で済む情報源から多くの情報を収集するべきであり、ディスカバリーは広範にわたる可能性があるものの無制限ではない』最初は、期間、情報源、カストディアンを限定して開始した後、証拠に基づきより多くの情報が必要であることを示唆する場合には、その範囲を拡大する段階的ディスカバリーの利用等を強く勧めている。

  

 第3原則『当事者の作為(または不作為)に起因する不当な負担、費用、遅延は、当事者に対して不利に働くべきである』特定のディスカバリー要求が過度なものであるかを評価する際には、争点が持ち上がった時期(例えば、請求当事者がより早期に当該争点を取り上げるべきだったか)や、応答当事者自身の作為や不作為(例えば、比例原則に基づいて関連ESIが留保されていることを請求当事者に通知しない怠慢)についても、裁判所は考慮すべきである、としている。

 セドナ・カンファレンスは声明全体を通して、協調の必要性を繰り返し強調している。これは、ディスカバリーの要請に双方が誠実に対応すること、過度に広範な負担を要するディスカバリーを回避すること、訴訟解決に向けた活動を明示すること、そして適時、生産的な応答をすること、を意味している。これらの活動を記録することは、法令順守を明確にすることを通して、裁判所からの不利な扱いを避けるために、必要不可欠である。

 加えて、セドナ・カンファレンスは、情報保持指針が比例原則の分析に影響を与えうる、とも述べている。これは当事者となった日本企業にとっておそらく最も重要なことである。もし、情報保持指針が合理的な組織上または商業上の目的を有しているならば、それらの指針に起因する負担、費用、遅延は、当事者に対して不利益となるべきではない。一定期間ごとに資料を削除する米国企業と比べ、日本企業は往々にして多数の社内資料を保持するため、ディスカバリーの範囲が大きく拡大するリスクがある。例えば、日本企業が訴訟とは無関連な理由で、契約は20年間削除しない、と指針に定めていた場合、20年分の資料に対するレビュー費用が必要となる可能性がある。これは、例えば資料を7年で破棄する企業に比べて過大な費用となる。しかし、その情報は訴訟とは別の商業上の理由で保存されているため、ディスカバリーの範囲には含まれない。一方で、情報保持指針がそのような目的を有していないならば、関連する負担、費用、遅延に関する主張は重要視されるべきではない。もし、潜在的な訴訟で要求される範囲を超えて資料が保管されているならば、どのような種類の資料がどのような組織上または商業上の目的で保管されているのか、保管指針で詳細に説明すべきである。

 

 第4原則『比例原則の適用は推測ではなく情報に基づくべきである』比例原則に基づいたディスカバリーの制限を検討する際に、裁判所は要求される情報が訴訟上の争点解決に役立つかを考慮すべきである。関連する情報であったとしても、その情報を得るために費用や負担が必要となるのであれば、情報の提出は正当化されない場合もある。一方で、その情報が極めて重要な価値を持っているか、または過度な負担をもたらすかを、情報が提出される前にどのように証明するか、という問題がある。セドナ・カンファレンスは、情報の重要性評価は、実際に情報が提出されるまでは難しく、証明は困難だろう、としている。

 

 セドナ・カンファレンスは、情報の価値を判断するためのサンプリング利用を推奨している。情報の相対的価値を決めるために、無作為抽出のサンプルデータを収集、提出する。しかし、無作為に抽出された文書の開示は、無関連情報の提出を引き起こしかねない。そこで、提出が不要であることを示すために、無関連である理由を説明したリストや少数の実例を提供することの検討が必要かもしれない。そして、これらの立証に際し、事案における必要性を比例原則に基づいて評価することは、推測や根拠のない主張よりも重要である。

 

 この原則は、相手方弁護士とEディスカバリーの範囲を協議する際の有効な手段であるとともに、探索的ディスカバリや、法外なEディスカバリー費用によって和解を強要する動きから身を守るための貴重な防衛策となる。さらに、過度な負担と長い期間を要する不当なディスカバリーを、証拠なしに要求する当事者に対する警告ともなる。

 日本企業は、米国訴訟における情報収集、処理、レビュー、翻訳、提出の際に生じる莫大な費用の問題に直面する。相手方弁護士との協議に際し、比例原則を効果的に主張するためには、潜在的な費用を含む経費をあらかじめ細かく試算しておくべきである。

 第5原則『比例原則の分析において非金銭要素も考慮されるべきである』セドナ・カンファレンスは、連邦民事訴訟規則は社会的利益の側面をも考慮していることについて注意喚起している。比例原則の分析においては、社会的利益が金銭要素よりも重視される場合があり、独占禁止関連事案においてはこうした例外を認め、社会的利益や企業行動に対する潜在的な影響について考慮している。加えてセドナ・カンファレンスは、Eディスカバリーが強制和解や消耗戦の手段として使われる場合などにおいて、非金銭要素の重要性がディスカバリーの制限を促す、ともしている。この2つの例は、近年、独占禁止法の訴訟が相次ぎ、高額な訴訟に巻き込まれることが多い日本の企業にとって、極めて重要である。

 第6原則『費用と負担を軽減する技術的解決策を比例原則の分析に際し考慮されるべきである』これに関しては、電子化データの範囲が毎年増加するにつれて、利用可能なツールや技術も発達してきている。ディスカバリーに最適な技術を検討することは、応答当事者の責任である。それらを用いて最大限に効率化することは義務ではないが、最適なディスカバリー技術を検討しない当事者は、その結果として生じた不当な負担や追加費用を主張することはできない。セドナ・カンファレンスは、当事者が収集する情報の範囲、期間、カストディアン、データの情報源について合意するために、早期の事案分析を推奨している。さらに、プロセスを支援する専門技術者へ依頼することを推奨し、トライアル前会議に専門技術者を同席させることの価値にも触れている。

 全体として、訴訟当事者、特に業界で最も高額なEディスカバリ費用に直面している日本企業にとって、費用と負担を大規模に削減する契機なっている。もっとも、対審手続きにおける規則と同様に、比例原則も自動的に適用されるのではなく、主張する機会を生み出すものにすぎないことを銘記しなければならない。これらの規則は比較的新しいため、多くの裁判官は依然として古い基準を適用していたり、当該規則の実務への適用に精通していない可能性がある。その為、新しい規則について法廷で説明する必要もあるだろう。比例原則の適用を求めて争うか、その利益を享受しないままにしておくかは、訴訟当事者の判断に委ねられている。

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